生命の木とモルモット達

夫も私も最近あまり調子がよくないですが、助け合えるのが嬉しいです。

私は疲れやすく鬱状態も多いです。先日頑張っていっぱい掃除をしたあとあまりの疲れと鬱で予定をキャンセルせざるを得ませんでした。役所などへの外出のあとも、やはり疲れがでてしまいました。

そんな中でジョシュア君とアラミス君はやはり癒しです。夫も膝にジョシュア君を乗せておやつをあげたりしています。

ジョシュア君とアラミス君は乾燥したモリンガを気に入ってたべています。モリンガは独特の青臭さがあり、色も深緑です。モリンガは栄養価が高く「生命の木」と呼ばれているそうです。

一緒に生きる

本日も法律と語学の勉強。そこそこ捗りました。本日も夫が家事などを分担してくれています。

夫は私がしている、ひとつひとつの家事などに細かく気付いて労わってくれて、とても嬉しかったです。

病気はしんどいですが、夫が側にいてくれるので救われています。感謝しながら長期的なことも含め、夫も私も良い方向に行けるよう日々をすごしたいです。

どちらにしようかな

今日は私も気分が良く、法律の勉強と語学アプリでの学習が捗りました。

夜になって、日記を書くかどうか決めあぐねてカード占いで決めました。

そういえば子どもの時分から、どちらにしようか迷ったときに「どちらにしようかな神様の言う通り」という風習で決めていました。

自分の行動には責任をもつのは大前提ですが、物事を決めあぐねたとき、直感で決めるのも占いで決めるのも両方ありだと私はおもいます。

占いの結果に納得がいかなかったら自分の考えがあるということで、自分の考えを信じます。

人に占ってもらうのは、他者の思惑も絡むので鵜呑みにはできないです。

苦悩する意識

夫に教えてもらって「慈悲の瞑想」なるものにチャレンジしました。この瞑想では自分が嫌いな人やものと自分のことを嫌っている人のためにも祈ります。そこで私は普段意識していなかった「私の嫌いなもの」を考えました。すると虫の卵の集合体を目の当たりにした時のようなゾワゾワした感覚が体を巡っていきました。

季節の気付き

今年の春先、私は高田馬場に引っ越してメダカたちとも一緒に暮らしはじめました。

今水槽にいるメダカはここ高田馬場で生まれた2世たちが殆どです。その先代も1匹存命なのですが、比べるとメダカ2世はかなり小粒でちいさいまま、子どものままのように感じて心配しつつ見守っていました。

今日夫が水槽を見るとそのちいさなメダカが卵を産んおり、私に知らせてくれました。

実はもうちいさなメダカは成熟していたことに気付かされました。そんな秋の朝でした。

夫に告ぐ

あなたは躁鬱の波に揉まれながら、知性と機転を携えて生きてきました。

“普通”と比較してもどかしく悔いがのこることもあるかもしれません。

どうか、気を楽にして貴方に合った”これから”を模索してください。

生きている限り、側に私はいます。

我が家の二匹

我が家にはモルモットが二匹いる。
ジョシュア君とアラミス君という。

ジョシュア君は、誇り高い。後頭部に白い飾り毛があり王冠のようである。顔もまた茶・白・黒の三色が見事に配置されており、特に目の上はアイシャドウのように黒く気品を醸し出している。そして胴はシッカリと黒いチョッキを纏っている洒落者だ。

性格も堂々としており、木製の小屋に入って寝ていることは稀で、大抵は私の視界に入るようなところで眠る。芸も簡単なおまわりだがすぐに覚えてしまった。扉を開けると膝に乗ってきて、おやつのレタスを食する。そして食すると自ら扉の中へともどっていく。

アラミス君は楽しい。灰色の縮毛と白い縮毛がおしゃれで、目はぶどうのように深く紅い。
声が大きく、プイプイを通り越してピーピー鳴く。
木製の小屋から顔を覗かせていることが多く、別のケージに居るジョシュア君をよく気にしている。
芸もやはりすぐ覚えて、おやつが欲しいときに勝手に廻り出す。食べたあとは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。お調子者だ。

ジョシュア君やアラミス君をみていると、牧草を主食としているからか穏やかで、根本的に悪意がなくやさしいことが伝わってくる。私はこの二匹がとても可愛い。

プリンの夢

今朝、私は夢をみた。大きくてうす黄色をしたプリンが私に向かって右に左に揺れながら恭しく運ばれていた。それを口にするかとおもわれたとき、目が覚めてしまった。

ここ最近仕事を休んでいる。仕事に行こうとすると体がぐんと重くなり、疲労感でうごけなくなってしまう。夫の口添えもあり医師から診断書をもらってこれから休職に入ろうとしている。

それが悔しいのもどこかとてもほっとしているのもどちらも本音だ。

今日は家事と読書で一日がすぎた。夕方の散歩の際に夫がプリンとケーキを買ってくれた。

私は大変嬉しくプリンをいただいた。

換えられない価値

知らない人は笑うかもしれないが、夫は鍛えられた鋼のような心を持っている。

たしかに私は統合失調感情障害で夫は躁鬱である。

しかし、私は夫のそういった弱さというか、柔らかくて脆くて危なっかしい側面も含めてとても愛おしく思っている。

そして、私も自分自身の脆さや自棄な気持ちと対峙しているから解る。あの熱量のある苦しみのなかでそれでも自分を保とうとする痛みと、尊さを。ひときわ輝くように燃える魂を。

そんな夫の側に私は居る。祈るように。