投稿者: kaindonesu
【双極性障害】自己紹介をする者ら
他サイトのブログ記事なんかを読んでいると、「執筆者:タロウ。繊維業界で開発職を5年。英語と株に興味がある2児の父。最近はゼルダにドはまり中」みたいな自己紹介を目撃してなんか知らんが落ち込みを感じる自分がいるのを発見する。なぜ落ち込むのだろうか?
開発職を5年ってのがうらやましいのだろうか。あるいは、英語と株に興味がある人間がうらやましいのだろうか。あるいは、2児の父たるリッパな人間がうらやましいのだろうか。あるいは、ゼルダにドはまり中なのがうらやましいのだろうか。ソレはないな。
自己紹介は、なんていうんでしょうか、自信の発露、おのれの如何に優れているかの証明、主張、そういう性質があるからおれを落ち込ませるのかもしれない。なぜって、おれはおれダルタニャンのことをまったく優れている男と思っていないから、彼らと比較して、敗北した気持ちになりそのまま死にたくなるのさ。自己紹介はそういう意味では、おれの勝手な被害妄想だと思ってもらっても良いのだが、ある種「攻撃的」なものである。未知の敵に対して「おれはこういう生まれのこういう者ぞ! 古今無双の英雄ぞ! 正々堂々かかってこい!」と名乗りを上げて自らの戦意を高揚させるとともに、相手の戦意を喪失させる。そういう効果がある。自己紹介には確かにそういう側面がある、と、おれは思う。
少なくともおれは他サイトのよくある自己紹介部分を読んで、「仲間意識」「愛情」「友情」そういうのを感じたことがない。たいていの場合、敵、優れたる敵、おれよりも稼いでいることを恥ずかしげもなくアピールして、おれよりも高尚な趣味を有していることを意気揚々とアピールして、おれよりもとにかく幸福な人生を送っているらしいことを明言する、そういう人種が、ブログの末尾で「本記事のライター」みたいな欄の自己紹介をする奴らだ。
おれは、疲れているんでしょうか。まったく、こんなことにイライラしているなんてみっともない。ふつうではない。どうしようもない。救いようがない。少し油断するとおれは、テロを起こして世間に打撃を加えてやろうという妄想が進んでしまう。少し油断するとおれは、奇行を繰り返して世間に混乱をもたらしてやろうという野望が燃えてしまう。躁鬱混合状態っていうのが、こういう状態なのは、おれもメタ認知できているから大丈夫、制御はまだまだやれているはずだが、しかし、辛いね。
エデよ、すまないね。本当に、いつもすまない。
【双極性障害】最近不調です
ここのところ不調で躁鬱混合状態にあるようです。人混みの中で叫んだり、やたらと奇行を繰り返してみたりしたい欲がむらむらと湧いてきてこれを制御するのが難しい。一方で落ち込んでいて、自分の良いところなど一つも見つけることが出来ず、新婚だと言うのに、このままフラッと現世からいなくなってしまうのがいいのではないかと何度も考えてしまいます。
感謝するべきはダルタニャンの職場(すなわちトレヴィル隊長麾下の銃士隊)で、私の病状に理解を示して、業務の負担を減らしてくれました。具体的には、出社をするのを免除して、リモートで働くのを許可してくれました。
しばらくは処方薬に頼って気持ちを安定させるよう務めながら、休養を撮りつつしっかり生き延びたいと思います。妻には負担をかけますが、たくさんお礼をしたいです。
【過去日記】熊本について
昨日は労働の最中に熊本の女性から、熊本へ来たら女を買わなきゃいかん、というようなことを聞かされて、自我のないおれは俄にその気になり、街をふらふらしたところが、いろいろとつまらないことなど思い出されて、辛くなり、死にたいと思い、なおふらふらして、ついに、気がついたら、風俗街へ入り込んでいた。
仙術にかかったみたいに、いつの間にか、四囲の建物がけばけばしく変化し、キャッチのヤクザが無数に召喚されていた。情けないことだけれども、いざそこへやってきてみると、まるっきり意気地がなくなってしまって、気分は塞いでいる、獣欲はあるけれども、金を失ったらつまらない、何より、生身の女と相対するのが、怖い、ということになり、大勝軒のつけめん食べて帰った。
熊本くんだりまで来て大勝軒もないだろうが、しかし、食ったのだった。店内のテレビでは売れっ子アナウンサーの来歴を紹介し、キャラクターをいじり、タレントの如く売り込む、というような番組をやっており、彼我の世界の差に、華やかさについては天と地ほどの差に、打ちのめされて、やっぱり気分は沈み込む。あいつは慶応卒、おれは早稲田、などと、胸の内にはくだらない張り合い、結局は、生まれ育ちの差ではないですか。おのれの無能を育ちのせいにするなかれと、おれの常識だか良心だかわからない部分が、耳元でささやくけれども、事ここへ至っては、どうでもいいさ。育ちか、そうでないのか、決着を求めたところで、どうなる。また、話が不快なところへ落っこちてきた。
風俗街へ足を踏み込む前、たばこ屋へ行ったのだがプルームテックはまだ熊本未進出だということで、取り扱っていなかった。プルームテックは先週金曜日に結縁院法師からもらったものである。お大尽みたいにポンとくれた。気前のいい先生だ。
(2018年1月25日)
【過去日記】資本家について
なにか重要なイベントが迫ってくるととたんになにごとも手に着かなくなる(今回の場合は明後日の試験)。昨日一昨日あたりから労働脱出資産形成を志向する人のブログを読んだために、気分がいい。現代を単純化して言い表すと、原始的な資本主義ではなく社会主義でも共産主義でもなく、修正資本主義の仕組みで動いているのではなかろうか。原始的なそれは労働者が余剰財産を得ることを許さなかったが、今なら生活に必要な飼料+αの賃金を得ることができている(それは経営者や株主の慈悲、ありがたいお恵みによってではなく、武力闘争によって勝ち取った神聖な黄金である)。だからそのαを株券の購入やらに用いて、やがて労働者を脱出することができる。格差というのは労働者からの脱出がしやすいか否かということにありそうだ。絶対に脱出ができない断崖絶壁の状態から、労働者と資本家がころころ入れ替わる状態まで、国によってさまざま形があると思う。となれば労働者がやるべきは財産の蓄積である。決して全財産を飲み尽くしてしまうことではない。人生の目的が見つからない、などと言って変な趣味や宗教献金に走ることでもない。まずもって労働からの自由を得て、有閑階級の座を目指すことだ。働かないでいるのは道徳的に劣っている、などという非難はこの場合的外れである。なぜなら有閑階級になってからだって働いていいからだ。金が要らないなら無報酬でも、とにかく働きたければ働けばいい。だから仕事に「やりがい」を見いだして労働者という立場に永遠に身を置くべきであるという論はプロバガンダの要素を多分に含んでいる。あるいはもはや労働から脱出できないと確信してしまった者らの、自己正当化、自己防衛の発言であると思う。「労働からの自由」はないよりもあった方がいい。
労働から自由になった上で、「やりがい」ある仕事なりなんなりをすればいいじゃないか。ひとつ皮肉を言わせてもらうと、「やりがい」を声高に主張する連中だって、宝くじで3億円が当たったら仕事辞めるんじゃないだろうか。あるいは3億円得た上で、仕事に励むんじゃないだろうか。3億円を放棄して、あくまで賃金取りの立場を死守する、などということは考えられない。しかし「やりがい」教連中は、後進の者どもに「賃金取りの立場は神聖である」というようなニュアンスをほのめかしているように感じる。「働くことは尊い」、その考えはまことに結構だ。だが財産を保有した上で働いたっていいのである。連中の言葉はまるで「財産がない状態で(賃金取りというスリリングな身分に自分をおいて)、働くのは尊い」というように響く。人類中でも特に偉大なギリシア人たちは、クセルクセスの軍勢を前にして、ペルシア王の下で大臣として安楽な生活を営むくらいだったら、死を見据えて自由のために、隷従を退けるために戦ったほうが善いと主張した。
ただし株の配当のみで生活するということは、身分が不安定であるということと同義でもあるように思う。リスキーである。まったくのノーリスクではない。だから景気のいい時は社会の仕組みを冷静に観察した上で、労働者としてペルシア大臣の座に甘んじるということを選択した者があったと思う。現代はどうか。労働者としての生活をしていたってリスキーなのだ。鬱病。人生の蕩尽。四六時中卑しい人間関係に頭を支配される。失業。こと失業に関しては、株の配当で生活していたってダメなときはダメで労働者に転落するのと同様、労働者だってまた職を失い一からスタートということがありえる。それだったら資本家の身分を選ぶのが賢いということになる。資本家が有り金擦ったって(借金してなければ)パートのレジ作業に身を落とす。労働者が失業したってパートのレジ作業に身を落とす。結末が同じなら(どうせダメージは同じなんだから)資本家でいいじゃないか。
格差の拡大ということがよく言われる。それが本当ならわれわれは資本家に転じ難くなっているってことだ。逆に資本家になってしまえば勝ち馬への搭乗ということにもなる。もしかしたら弱小資本家と巨大資本家の格差も広がっているのかもしれないが、よく分からない。そこのあたりは調べなくてはいけない。
【パワポケ11】ペナントレース!(7)


2025年5月17日ペナントレース! (07)
さあ、野球の時間です!
なんと今シーズンの戦いは非常な接戦でございました! 巨人がなんと2位のヤクルトとゲーム差なし、勝率でわずかな優勢を保って優勝となりました! そして阪神と横浜はともに1ゲーム差! 最後までどのチームが勝利を収めるかわからない、なんという面白いシーズンだったことでしょう。接戦を制した紳士の球団、伝統の読売巨人軍ばんざい! ジャイアンツばんざい! ジャビットばんざい!
個人記録はといえば、阪神の勇猛なる強打者、佐藤輝明内野手が3つのタイトルを獲得して球界にその勇名を刻みました! 打撃タイトルはご覧の通り巨人軍以外の勇士たちが獲得をしていますが、それでも優勝は巨人なのです。ということは、ジャイアンツは、ひとりの選手がずば抜けた能力を示したというよりかは、ダルタニャンの名言、「ワンフォーオール・オールフォーワン」野球によって最勝の結果を導き出したのだと言えますね!
ところが最優秀防御率を獲得したのは、巨人の卓越した中継ぎ西舘投手! 1点台を切る恐るべき投球の魔術が、他のチームの武士(もののふ)たちのバットを空に舞うようしむけたもの。決して当たらぬ魔球は光の速度でキャッチャーミットに収まり、いかなる敵軍に対しても得点を許しませんでした。
6シーズン連続最下位の中日ドラゴンズの、その個人成績をちょっと見てみましょう。エース、髙橋宏斗投手の防御率は2.8台と、あまりぱっとしない数字かもしれません。勝ち数も10勝を期待される投手であるのにも関わらず、それを達成できてはおりませんので、少々、力の十分に発揮できなかったシーズンであったのかもしれません。ベテラン涌井投手は先発陣としては髙橋宏斗投手に次ぐ防御率で、その高いイニング消化能力を十全に見せてくれました。打撃成績の方は、今シーズン4番に抜擢されている福永二塁手と細川外野手が本塁打を量産しています。しかしながらそれでも、タイトル獲得を狙えるような選手は中日に所属しておらず、主砲の物足りなさがもしかしたら戦力の大きな改善点であると言えるのかもしれません。
巨人おめでとう!
中日ドラゴンズ燃えよ!
セ・リーグばんざい!
【ポケカ】ユキメノコexデッキ

パリジャンレギュレーションにおけるユキメノコexデッキを考案しました。
※パリジャンレギュレーション――「ネストボール」「なかよしポフィン」「大地の器」「夜のタンカ」等高価な汎用カードに投入枚数制限がある。FGHレギュレーションのカードが使用可とされる(おおむねテラスタルフェスex環境)。一部のカードのうち、スボミーやともだち手帳などの使用が不可能である。
まあ、遠慮会釈なく言うならば、このレギュレーションはダルタニャンがお小遣いの制限内で快適に遊ぶために、あえてカード投入に制約を課して楽しんでいる類のものである。カードゲーム業界では俗に「ゲートボール」とも言う。


はっきり申し上げてダルタニャンはポケカ初心者であり、まともに対戦もしたことがありませんので、このようにデッキリストを晒したところで誰の参考にもなりません。毒になることはあっても薬にはなりますまい。ただ面白いからアップロードしているだけです。飽きるまでお付き合い下さい。
ユキメノコexは耐久力が高い(サイドを取られても実質1.5枚)のと、ベンチ攻撃が出来ます。分岐進化の通常ユキメノコは特性の「いてつくとばり」により、相手の(自分にもだが)ポケモンにダメカンの霜を降らすことができます。これを共に活かして、ダメカンを相手にチクチクと与えながらこちらはマシマシラやフトゥー博士のシナリオ等で耐久し、サイドを最小限の失点に抑えつつ、なおカウンターカードは用いながら(ナンジャモやカウンターキャッチャー)、最後のタイミングを見計らってボスの指令などで相手のウィークポイントを呼び出し、一気に決着をつけようというものです。

【パワポケ11】ペナントレース!(6)


2025年5月15日ペナントレース!(06)
さあ、野球の時間です!
下位と10ゲーム差をつけて広島カープが王者の貫禄をみせました! みごと2シーズン連続優勝です!
いったいいかなる女神の助力を受けた勇士たちが、広島の優勝を下支えしているものか。いまからそれを語っていきましょう。
まずは打点王のタイトルを獲得した広島の忍者、菊池二塁手! この選手はオデュッセウスの放った槍でさえのらりくらりとその穂先をかわし、ひょいと掴んで投げ返してしまうくらいの身のこなしを有しており、守備の達人です。その菊池選手がバットのほうでも見事な活躍を示しました。打点王ですから、すなわち、チームの同胞たちが塁上に陣を構えて得点を狙っている際、菊池選手は効果的な一打をもってして仲間たちに多大なる貢献を果たしたのです。攻守ともに球界を代表する実力を発揮した菊池選手は、まず間違いなく広島カープ優勝に欠くことの出来ぬ大事なピースであると言うことができるでしょう。
投手陣のほうで恐るべき成績をたたき出したのは、塹江選手です(漢字登録の都合上、暫の字が用いられていることをご了承ください)。中継ぎ投手として長らく広島を支えてきた存在でしたが、なんとまあこの塹江選手、肩の不調により球速がとてつもなく低下している状態での登板を続けたのです(名前の最後に×印のついているのは、そういうわけなのです)。身体のコンディションが、およそアスリートとしては最悪の状態にあるなかでも、首脳陣からは投球スタイルの変更と修正を提案され、そのなかで最良の結果を出してくれればそれでよいとの判断があったようでした。そして蓋を開けてみれば、中継ぎとして最多勝のタイトルを獲得することとなったのです。先発陣がなかなか得点レースにおいて敵チームを凌駕することのできない状況のなか、塹江選手はもちまえの粘り強い投球をつづけて打線を支え、そして意地の勝利によってチームに栄光をもたらしたのでした。
野球バンザイ!
広島カープおめでとう!
中日ドラゴンズはまた6位か!
【過去日記】勇み足について
坂口アンゴ、キ○ガイアンゴが言っていたが、人間、目の前のある人間に親切を行ってもそれは自己満足に近い何かがある。目の前の人間に配給の切符や食券をくれてやったところで、人類すべてを救済できるわけではない。それに時としてそういう行為が、自分の生命を危うくする。目の前の他人とおれの生命は等価値だ。おれのほうを犠牲にしてあちらのほうを優先する理由はない。ということは、おれは労働現場の人間にすげなくしたところで良心の呵責を覚えることはないし、労働現場の人間に親切にしないことを気に病んだところで、なにも得るところはない。おれたちは法治国家の下で理性的に生きている(というのが建前である)から、法に背かない範囲で退職するのも転職するのも決して悪いことではないと思う。へたくそな日本語だなあ。何がいいたいかというと、おれの日々感じている罪悪感様のものはたいてい、勇み足だということだ。自己満足に近いものだということだ。創造的ではないということだ。もちろん、罪悪感を覚えたくて覚えているのではなくて、病気のせいで、つまりは、肉体のせいで、そうなっているのだから、どうしようもない、薬や療法に頼る必要はある。
