【双極性障害】今後、障害者が武装して健常者を襲うというデマ

私は障害者である。

障害者手帳を有しているし、障害年金も受けてなんとか生活をやっている。いわば、行政のサポートのおかげて生存を許されている、吹けば飛ぶような弱々しい生き物だ。私は私の生活のために納税をしてくれている健常者、あるいは健常でなくてもそれだけビジネスをうまくやって金銭を得て、たくさん税金を払ってくれている者たちに、せいいっぱいの感謝こそすれ、一つの恨みをも抱いてはいないことをここに宣言する。

私は障害者だから障害者の間で飛び交う風説、デマ、陰謀、そうしたものには詳しい(勝手に耳に入ってくる)つもりでいるのだが、「一部の障害者」が抱いている一つの説があるのでここに紹介する。すなわち、

「障害者は武装せよ。武装して健常者に迫り、自らに有利な政策の決定を推し進めよ」

というものだ。

かつて「労働者」は資本家にこき使われてひどい有様だった。昔のイギリスでは、労働者は貧困線以下で生活せざるを得なかった。児童でさえ労働に服していた。そのために家庭料理という文化が崩壊してしまったとか言われている。

いまは日本では8時間労働、週40時間の労働。しっかりそう決まっている。36協定がなければ残業は出来ないし、残業をすれば残業代がしっかり支払われることになっている。それに60時間を超える残業にはさらに重いペナルティが科されることになっているし、とにかく、現代の日本は、比較的(昔の酷かった国――イギリスとかと比較してという意味)労働者が保護されている国だ。

昔のイギリスと、いまのマシの日本。この劇的な改善をもたらしたのは何か? 国が違うから、ではない。「武装・暴力・変革」。これらだ。これらのおかげで労働者は人たるに値する生活を営むだけの権利を手に入れて、いまに至る。資本家が優しいから、労働者との話し合いに応じてくれて、そんで、労働時間を調整してくれたとかそういうヤワな話ではない。「武装」。労働者は武装した。そして大いに暴れた。殺した。壊した。燃やした。政府に改善を迫った。そうしたようやく資本家と資本家の尖兵たる政治家は聞く耳を持ち、流血の果てに、労働環境の改善が行われたのであった。

さて、目下、我が国の障害者――とりわけ最近増えている精神障害の者の不満は、いまや爆発寸前(爆発する元気のない者もあるのだが)といった様相を示している。というのも、精神障害のために生活が出来ないのであるが、生活保障たる年金制度の設計が(あるいは改善が)不十分であるからだ。

具体的には「障害基礎年金3級」の創設がまだわが国ではなされていない。これは何を意味するか? 「障害のせいで労働に制限を有する者」が、十分な支援を受けられていないのだ。うつや双極性障害、発達障害などでフルタイムで働くことができない。だから経済的に困窮している。生活のために必要な糧を有していない。しかし、年金制度を利用して経済的支援を得ることができない。生活保護制度を利用するには、高いハードルがある(そのハードルを越える手段は、いろいろあるのだがきっとしち面倒なのだろう)。

話し合いで(=民主主義の政治で)なんとか制度を改善してもらえればいいのだが、それを待つには時間が惜しい。それに話し合いの結果、必ず熟した完璧な果実が得られるとも限らない。悪い結果になるかもしれない。却下されるかもしれない。すなわち死刑宣告を下されるかもしれない。

死ぬくらいなら、武装だ。暴力だ。変革を迫れ。

障害者は武装をし、健常者に迫れ。話し合いのテーブルを用意するのは結構だ。それはそれでよい。しかしこちらにも力があるんだぞと、やるときはやるんだぞと、それを思い知らせなければ結局のところ、弱肉強食の世の中、決まるものも決まらない。

数万人の障害者が金物店で購入した刃物を持ち、都内を練り歩く。懐に隠したソレをいつ「用いる」かとタイミングを伺いながら。そして「その時」が来たのを時計で確認し、一斉にあたりにいる健常者に襲いかかる。別に、その相手に恨みがあるわけではない。これは体制への攻撃である。政治への攻撃である。政府への攻撃である。申し訳ないが、犠牲になってもらわなくてはならない。資本家を打倒する革命家たちも、「資本家は性格が悪い、悪人である」と思っているわけではない。そうではないが、よりよい社会のために犠牲になってもらう必要がある。暴力によって。今回、障害者が健常者に対して行う攻撃も、それと同じ理屈である――。

こういう噂が流れているんです。皆さん、どう思いますか?
こうでもしないと、障害者が生きていくために必要な政策は、適切なスピード感をもって決まることがないだろうというわけなんです。

で、一番の問題は、ここまで書いてきたことがすべて私の躁状態の時の妄想だってことです。ごめんなさい。易怒性の発揮で、こういう攻撃的な妄想が頭を支配してしまうんです。別にふだんの私は平和主義者なんです。だれかれに感謝しているんです。いつも生かしていただいてありがとうございます、と。どうしても危ないときは入院をしています。閉鎖病棟へです。きょうも薬を飲んで、安静に過ごします。たぶん本当にこういう演説をやってしまうんです、躁状態のときは。こうやって文章を書いているのも躁状態の予兆です。この辺で止めにしておきます。

そうなんです。もうおわかりかと思いますが、こんな危ないことを言っている「一部の障害者」というのは、自分のことです。ほかに誰も言ってません。知り合いの障害のある人たちはみんな優しくて自責的で、政治には文句をつけません。

私が悪いんです。私の脳が悪いんです。私の頭が悪いんです。助けて下さい。

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