【過去日記】勇み足について

 坂口アンゴ、キ○ガイアンゴが言っていたが、人間、目の前のある人間に親切を行ってもそれは自己満足に近い何かがある。目の前の人間に配給の切符や食券をくれてやったところで、人類すべてを救済できるわけではない。それに時としてそういう行為が、自分の生命を危うくする。目の前の他人とおれの生命は等価値だ。おれのほうを犠牲にしてあちらのほうを優先する理由はない。ということは、おれは労働現場の人間にすげなくしたところで良心の呵責を覚えることはないし、労働現場の人間に親切にしないことを気に病んだところで、なにも得るところはない。おれたちは法治国家の下で理性的に生きている(というのが建前である)から、法に背かない範囲で退職するのも転職するのも決して悪いことではないと思う。へたくそな日本語だなあ。何がいいたいかというと、おれの日々感じている罪悪感様のものはたいてい、勇み足だということだ。自己満足に近いものだということだ。創造的ではないということだ。もちろん、罪悪感を覚えたくて覚えているのではなくて、病気のせいで、つまりは、肉体のせいで、そうなっているのだから、どうしようもない、薬や療法に頼る必要はある。

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