双極性障害が妻に落涙を強いる

 わが最良の妻たるエデを泣かせてしまった。

 麻雀(じゃんたま)をプレイして、点数に応じて数百円のやりとり(つまるところ、これは、ギャンブルである)をしようと提案した。エデはこれを飲んだ。たぶんおれと彼女との間に実力差があることを知りながら、しぶしぶ飲んだ。その心の内にはきっと、おれを楽しませたい、仕事を早退したおれを少しでも喜ばせたい、という意図があったろう。おれはそれを踏みにじった。チートイツの満貫(親)で12,000点あがって結局、エデから300円をせしめた。そうしたらエデは泣いてしまった。

 ひどいことをしたもんだ、と思った。ギャンブルは、これは長老(スリランカのお寺の住職)も語っていたのを聞いたのだが、在家のシーラ(戒律)には入っていないものの、明確によくないこととされている。するな、と。その理由がよく分かる。まず妄想をかきたてる。勝利の妄想を惹起し、脳に悪い物質を増加させる(それは科学ではドーパミンとかアドレナリンとか言われるものだろう)。そして勝った方がただ賞金をもらえるだけならともかく、負けた方は罰金を支払わなくてはいけない。必ずどちらかが悲しみを得る結果になる。これがよくない。どちらかが良くて、どちらかが悪い。これがよくない。どちらも良い、ともかく物質に依存せず、全てが良い。これが賢者の(仏道に限らずです)道のはずだ。ところがギャンブルはそうではないのだ。妄想の強化、そして損の辛さ。損する相手が最愛の妻であると考えれば、なおのこと、これはよくないのだ。

 ギャンブルは、やめだ。麻雀は楽しいからやってもいいが。おれはきっとエデが思っている以上に、反省し、今回の件について深く考えた。そして何が彼女の涙を誘ったのか、何がいけないことだったのか、それを追究した。繰り返すが、「妄想・欲望の強い惹起」「最愛の者が損するのをを楽しむこと」これが同時にやってくるのが身内のギャンブルだ。だから、良いわけがない。

 双極性障害は調子に乗ったことをする。調子に乗るのが躁鬱人の躁鬱たるゆえんかもしれない。あまりはしゃがないがいい。静かに生きる、賢者の道を行く、それを目標にしなくてはなるまい。

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