双極性障害は賃金を得る


 きょうは仕事に出なければならない。本当は休みたいくらいの体調なのだ。元気がないわけじゃない。焦燥感と不安感と、それから易怒性の発露がおれをしんどくしている。仕事をしなければ賃金を得られない。賃金を得られなければ、妻たるエデとの蜜のような生活を継続できない。それはいやだ。明白にいやだ。でも労働も、嫌なんですよ。嫌、というよりも不可能、に近い。おれは無能者だ。この生活をあと数十年継続するのは不可能だ。物理的に不可能だと思う。どこかで脳がぷつんと壊れてしまう。そんな気がしている。いまは薬剤のコントロールでなんとかしている。そもそも労働を、薬剤でコントロールしてまで継続する不自然さ、グロテスクさをみな分かっていない。『水と原生林のはざまで』を引用するまでもなく、人間たちは本来のところ、全員が全員働いていたわけではない。働けるわけでもない。養う者と養われる者がいて、それはそれで善いとされている。ギリシアの賢者たちはどうか。養われる者だ。奴隷に養われていた。歴史に名を残しているのはどちらか。賢者たちのほう、すなわち養われていた方だ。

 リチウムを飲んで、バルプロ酸を飲んで、リボトリールを飲んで、双極性感情障害と格闘しながらきょうをやり過ごそうではないか。

 じつのところおれは、ダルタニャンは、仕事中デスクでポケモンカードのデッキリストを作成して時間を潰している(暇なわけではなく、精神的な安定を保つため)。

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